浅い眠り(小話)

ふわふわと、意識が体に戻ってきた。
皮膚と空気の境目が曖昧な私の耳に、屋根をたたく水音が届く。瞼はまだ重く、思ったようには動かない。私の意識の大半はまだ濃い靄に包まれているようだ。

ただただ希望と喜びに満ち溢れた夢を見た。

親戚の若い女の子の結婚式だった。
ガーデンウエディング。新緑がこれでもかと青く、晴れ渡った空には、迷子のような雲が一ちぎりほど浮かんでいるだけだった。
テーブルには太陽の光を受けて輝くシャンパン。針を刺せばぷちんっと弾けてしまいそうなみずみずしいフルーツに、オードブル。
人びとには笑顔しかない。
室内から、会場に出た私は踏みしめる度に立ち上る芝生の緑の匂いを吸い込む。
そして、ある人物に声をかける。
「間に合って、良かったね!」
先日の夕方、危篤状態にあるという一方を受けた叔父である。
叔父は既に赤くなった顔をくしゃくしゃの笑顔にして答えた。
「おう。間に合った」

私の世界はそこで真っ白になり、現実との微睡みになったのだ。
余韻に浸っていると、雨の音を遮るように携帯電話が低い音を響かせた。
瞼を開けると世界に夜明けは訪れていなかった。携帯電話のライトが寒々と部屋に光る。
「もしもし」
出ると、叔父の訃報を伝える母からの電話だった。
「そうかなと思ったよ。夢を見たから」
私が答えると、母が言った。
「あんたの所にいったのかな」
誰かが亡くなると、近しい誰かの夢に出るという。

どうかな、最期の別れを出来なかった私の後悔が見せたものかもよ。

私は「そう」とだけ答えた。
できることなら、もっと叔父を思う人の夢に出てあげてほしいな、眩しい携帯電話の画面を閉じて、私はまた瞼を閉じた。

雨の音はさっきよりも小さくなっている。明るい夜明けが来るのは、すぐそこだろう。